日々あろくろくじ。
通信大卒業生が猫やら旅やら学習やらをつづる雑記帳
--/--/-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2008/08/11 23:58
今週いっぱい乗り切れば、3期は三田だからちょっとは楽になるかも・・・と言い聞かせ、
日吉通い中のワタシ。休み明けの月曜でも、なんだか疲れている。


今日はブログ友達のまぁるさんとランチをご一緒させていただきました
一年ぶりの再会で会話も弾み、あっという間にランチ終了。
「放課後、(同じく通信生ブロガーの)ウタちゃんと待ち合わせしてるんですよー」というまぁるさん。
ブログ上のやりとりはあるもののウタちゃんさんとは一度もお会いしたことがなかったワタシ。まぁるさんの許可を取り、放課後「突撃!隣の通信生」を決行(笑)
お二人とも経済学部ではあるものの、卒論の話ができて有意義な時間でした。感謝です!
・・・っていうか、経済学部って完璧理数系では?!二項分布とかlog(対数)とかバリバリだし。総合の統計学が必修というのがよく分かりました・・・orz


さて、社会学特殊は「ジェンダー」と「けがれ」について。
特に、講義最後の「学生の私語と、教師との差異」の話は興味深かった。

教師はしゃべる人。学生は聞く人。
大学の講義(ゼミなどは除外)という時間・空間において、両者にはそれぞれの役割がありそこには差異がある。これが正常な在り方。
しかし、学生が私語をはじめて「しゃべる人」になった段階でその役割は変換され、教師と「同一化」される。これにより”授業”という空間の秩序は保たれなくなる。

最近の学校では「教師と学生(生徒)は、対等であるべきだ」という考えが多いそうですが、ワタシは友達感覚で子供に接する教師は何か間違っていると思っています。これは単なる馴れ合いになりがちだから。学生は、自分の立場まで下がってくる教師(大人)をあっと言う間に見抜き、そうなると当然ナメてかかる。「教育」という空間では教師と学生の間に差異があって当然だし、むしろそうあるべき。両者がそれぞれの役割を充分認識していれば、学生による私語もなくなるだろうし、教師も勘違いして生徒に手を出すようなことはないのでは。。。「人間」として対等の立場になるのは、学校を卒業して社会人になってからで充分ですし(o^-')b



昨日はありがとうございました
 1年ぶりの再会、うれしかったです。
いつもきっちりと進んでいるなちさん、お話してさらにパワーもらいました。。
 2人に応援してもらっている「卒論」ですがなかなか難しいですね(笑)
みんなの背中を見失わないようにガンバリマス。
【2008/08/12 07:02】 URL | まぁる #-[ 編集]
こちらこそ!
▼まぁるさん
こちらこそバリバリ働いているまぁるさんにお会いできてパワーをいただきましたe-271

初回卒論指導申込みは、テーマやら参考文献やら論文構想やら分からないことだらけで不安ですよね。。。あまり適当に書いて提出しても先生たちにはバレバレですし、自分が後悔するようなことだけはやりたくないものです(^^;

短期集中型のまぁるさんは、一度指導を受け始めるとあっという間に卒業しちゃいそうですねー(笑)
お互い遠い場所に住んでいますが、ブログを通して刺激しあって無事卒業できるようコツコツ頑張りましょうp(・∩・)q
【2008/08/13 00:51】 URL | なち #ihMNMLjo[ 編集]














管理者にだけ表示を許可する

 ※コメントは管理人承認後に表示されます。詳細はこちら。



Design by mi104c. Edit by nachi.
Copyright © 2017 日々あろくろくじ。, All rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。